小関アスリートバランス研究所

Kab Labo

バランスの力

心と体のバランスを保つ
(ほぼ)日刊語録


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流れ|2012年4月 3日

感覚は留めるのではなく、流し続ける。

 

すると、悪いものは流れ去り、

 

良い流れには乗ることになる。

 

ただ、大切なのはどちらも流し続けること。

             

           kab labo.小関

歯車|2012年2月29日

身体は様々な歯車の組み合わせで機能している。

その連携は私たちの人知を超えていると言わざる得ない。

 

しかし、私たちは日常の何気ない動作からその人知の超えた

数え切れない歯車を上手に操作している。

 

理解していなくても感覚的には使えるのである。

つまり全体把握というのがまず前提であることを

再度思い出してみてほしい。

 

一体全体という言葉があるが、よく分からないことを

表現するときに使うものである。

 

一体と全体・・・全体を現すことばである。

全体は分からない。そう捉えてみても面白い。

 

三位一体という言葉も3つの捉え方、8つの見方を

合わせると一体になるということではなない。

(数字は2でも100でも同じ)

 

一体という全体を3つの捉え方や8つの見方を

しているだけである。

 

先に一体(全体)があり三位があるという方が

理屈に合っているようだ。

 

バランス講習会では、様々な歯車をご紹介しているが、

その歯車は全体がうまく連携しているときに

どう動いているのか、どう働いているのかを検証しているのであって、

 紹介したものは決して黄金の歯車ではないのである(笑)

(だから何度参加してもらってもよい内容となっている)

 

その歯車だけ気にしていれば今度は別の歯車が狂いだすだろう。

 

バランスが偏っているときその歯車に潤滑油を差したり、

ちゃんとかみ合っているかそれをチェックするのが

個々ができる身体ケアではないだろうか。

 

そして回りだしたらまた様々な歯車が機能するように

全体を眺めていけばよいのだろう。

                        kab labo.小関

ロックしたら解除する|2012年2月23日

動きの視点を変えると

固定した思考の視点や感覚の視点が変えるキッカケとなる。

 

視点が固定化されると瞬時に

それは制限という壁になりかねない。

つまり動きにも不自由さが生まれているということだ。

 

ちょっとしたことだが、

ロックしたものを解除するキッカケに

利用してみてほしい。

 

目線の置き方ひとつ変えるだけでも

違いがわかる。姿勢を変えるよりも

体全身が協調してくれる。

 

いつもより少ーし遠くに視点を置いてみる。

30センチでも1メートルでも構わない(生活に影響がない程度)。

 

しばらく遠くの山や海、空を眺めるでもよい。

目の視点も思考や感覚の視点と

連動しているようだ。

 

それだけで運動の質が大きく変わる。

 

逆に変化した思考や感覚から視点がどうなっているかを

検証してみても良いかもしれない。

 

気分が随分違うはずなので

大自然を目の前にしなくても

普段の日常生活でもお試しあれ。

                       kab labo.小関

 

 

 

滑らないために|2012年2月 3日

全国的に雪が降っている。

雪や氷の足元に慣れていない人は、

歩くのも怖いはず。

ということで滑らないコツをひとつ。

 

バランスもそうだが、

バランスを崩すまい。という行為が

かえってバランスを崩している。

 

だから、講習会ではバランスが崩れるとは何かを

知っていただく。

その上でバランス感覚を掴んでもらうと

みなさん、絶妙なバランスを発揮し始める。

 

つまり、滑らないようにすることが滑ったときの対応力を

落としてしまうのだ。

 

だから、あえて言えば「滑るつもりで歩く」

この心構え?潔さ?諦め?が、カラダのバランス環境を

整えてくれるのだ。

是非お試しアレ!

                       kab labo.小関

 

 

 

 

 

▼2月のkab labo.バランス講習会in関東 2月19日

バランス感覚三原則|2012年1月21日

バランス「感覚」三原則を考えてみた。

 

「急がない、求めない、答えをださない」

 

これだけで身体の可能性が見えてくる。

 

逆にに捉えれば、

「急ぎ、求め、答えが出ている」ことが

自分の進行を邪魔しているはずである。

 

それによく注目してみる。

 

どうにかする必要はない。

自覚すれば自ずと進行は起こり始める。          

                 

                   kab labo.小関

言葉の意味|2011年12月 6日

同じ言葉を話しても

同じ意味だとは限らない。

 

逆に

同じ言葉ではないからこそ、

同じ意味が共有できることもある。

 

言葉の意味を連ねることより、

意味に言葉を当てはめて

コミュニケーションしてみる。

 

きっと言葉以上に伝わることが

あるだろう。

 

                kab labo.小関

難しいことほど簡単に|2011年11月12日

運動はシンプルに向かうこと。

 

歩く動作に細かさを持った瞬間から

自然にあることこは困難になる。

 

日常動作をちょっと意識しただけで

どれだけ動きにくくなるだろうか。

 

山道など道なき道を歩くとき、

歩くという感覚を捨てていかなければ、

不整地の地面に身体を合わせることはできない。

頭にある「歩き方」を捨て、身体に任せてしまうことで

そういった道を歩く(上る、下る) ことができる。

 

二輪車から一輪車に乗るためには練習が必要だけど、

一輪車に乗れたら二輪車より難しく乗っているのか?といえば

そうではない。

 

むしろ、より身体に主導権を任せることができなけば、

一輪車を楽に上手に乗ることはできない。

 

実は動きが高度になればなるほど

シンプルに扱うことが複雑な動きを扱うことに繋がる。

 

難しいと感じている動きをもう一度見直してみてはいかがだろう。

 

                           kab labo.小関

どんな感じ|2011年10月15日

動きを統率するのは

感覚である。

 

「どんな感じで行っているか」

 

色んな運動をこなせる人は頭で理解する以前に

この感覚を掴んでいる(無意識が多いが)。

 

動きが違っても

「こんな感じ」があることで

良質な運動を安定的に発揮できる。

 

こうすれば、こうなる。

つまり、A→Bである。

という方程式で理解するのは一つの方法かもしれないが、

そこに普遍性を持たせるのは、

「その時、どんな感じなのか」である。

 

同じ運動をしてケガをする人、しない人。

同じ運動をしてパフォーマンスが上がる人、上がらない人。

この差はどこから来るのでしょうか。

運動方法が問題なのではなく、

「どんな感じで行っているか」なのである。

 

考えすぎず、

得意な動きと不得意な動きの「感覚の違い」を

みてみると面白いことがわかるだろう。

                    kab labo.小関

非日常という日常|2011年9月 5日

日常とは本当はあるのだろうか?

同じような毎日を過ごしていても

よく観察してみれば

同じ日、同じ時などないことに気づく。

「日常」という非現実。

 

なるほど。

 

この非現実が私たちに迷いをもたらすのかもしれない。

「非日常」という現実。

この現実に立ち戻ることが

あらゆる解放のキッカケとなる。

非日常という日常ならば、

変化というものが常となる。

 

だからこそ、

思考も身体もニュートラルであることが、

変化に対応するために大切なことであり、

私たちにとっての日常ではあるまいか。

                 kab labo.小関

思わぬ個性|2011年8月17日

個性には広がるという作用もある。

 

指導させて頂く中で

そういったこを大切にしている。

 

個性を完成品にしてまうと、

個性に広がりを持たせずに非常に制限された環境を

自身で作ることになる。

 

実は、問題のほとんどがそういったことがキッカケかもしれない。 

(ケガやパフォーマンス、悩みなどなど)

 

自身が思っている個性もあるかもしれないが、

自身が思わぬ個性もある。

そう捉えてみてはどうだろう。

 

思わぬ個性に出会ってみて面白いのは、

それに対して矛盾を感じないこと。

思ってもみなかっただけで

それが貴方の個性だからだろう。

 

制限した個性に広がりを持ち、

新たな個性と出会ってみてはいかがだろうか。

 

                      kab labo.小関