小関アスリートバランス研究所

Kab Labo

バランスの力

心と体のバランスを保つ
(ほぼ)日刊語録


(マガジンID:0000211621) 登録無料 ※内容は変更する場合があります。ご了承下さい。

足跡|2009年8月28日

●足跡 方法は足跡のようなものである。

その足跡は、 どんな歩幅で どんな歩き方をし、 どんな道筋を歩いてきたかを 知るための情報にはなるだろう。

方法をなぞることは そういうことである。

しかし、 同じように足跡を付けたからといって 同じように歩いたことにはならない。

こうすればこうなる!とうい本を読んでも
そうはならないのだ。

もっとも大事なのは、
その時
どんな景色を
どんな風を感じ
どんな気分で歩いたかである。

そしてそれが
その足跡を創っていることに
気付かなければならない。

方法を覚えることよりも
前提条件を知ることが大事である。

足跡は決して
自分前には現れない。

同じように歩くためには
どうしよいだろうか・・・

考えてもしょうがない。

まずは実際に歩いてみることから
始めてみようか。

              kab labo.小関


※kab labo.バランス講習会では
足跡の数や足跡を検証することではなく、
その足跡が生まれる前提条件をお伝えしています。
なぜ、ケガをするのか…なぜパフォーマンスが発揮できないのか…
なぜ、ケガをしないのか!なぜパフォーマンスが発揮できるのか!

速く走りたい人へ|2009年8月21日

●もっと速く走りたい人へ

世界記録を出したボルト選手のように 走らせることはできないが、

今の貴方より速く走らせることは
可能である。

走りが遅い人の特徴は、
なんといってもバランスを崩しながら
走っていることである。

姿勢、腕振り、足の置き方、メンタル…etc

筋力云々、素質云々という言葉で片付ける前に
もっと検証できることがある。

ボディバランスが
崩れていれば、
身体はまず、
自分のバランスを
保つことを優先させる。

ボルト選手の走りはまるで
座っているかのようである(注意してご覧ください)。

立った状態で前傾してみれば
その意味がわかるはずである。

姿勢を保つことでいっぱいいっぱいになり、
他の動きをするのは困難である。

そのため、走るという行為に
動作が100%費やせないのだ。

分かりやすく言えば、
バランスを整えるのに40%の
能力を使い、
走るために60%の能力しか
使えていない。(数値はあくまでも例えです)

そんな感じである。

だから、
自分のバランスを整えるだけで
自然と走るパフォーマンスが
向上してしまうのだ!

まずは歩くところから始めてみよう。
速く歩こうとするのではなく、
自分のバランスを注意して
楽に自然な感覚を大事してみる。

自然と歩幅が広がり、
歩く速度も速くなっている。
それなのに楽に歩けるはずである。

是非試して頂きたい。

            kab labo.小関

生きた可動域(ストライド)|2009年8月20日

●生きた可動域

世界陸上を観て…


シンプルなスポーツだけに
様々な発見があり、
とても面白いのが陸上である。

シンプルなゆえ、
バランスの崩れが大きく影響するとも
いえるだろう。

まずは走る姿勢について、

姿勢(状態)が崩れると
全身の関係性が途切れ、
可動域が制限される。

もちろん、ストライドにも大きく
影響する。

可動域が制限されると
過緊張を起こし
無理に行なえば、
ケガかパフォーマンスの低下を生む。

身体の可動域を柔軟性と混同する場合があるが、
全く同一ではない。

もちろん関係性はあるが、
柔軟性が可動域を決めるのではない。

可動域には、
生きた可動域と
死んだ可動域がある。

バランスが保たれる動作範囲と
バランスが崩れてしまう動作範囲と
理解していただくと良い。

この生きた可動域は
姿勢や感覚的な要素が大事になる。
どんな感覚や姿勢で行なっているか
注意してみると良いだろう。

それ以上可動域を多きくする場合、
それは死んだ可動域になる可能性がある。

柔軟性を過剰に優先してしまうと
バランスが崩れいていることに気付かない場合が
あるので気をつけなければならない。

柔らかければ良いというものではない。
動物を見てもそれは分かる。
柔らかい動きはするが、犬の足が逆方向に曲がることはないのだ。


以下姿勢によって可動域がどう変化するか
実験してみよう。

【実験】
肩の場合

立った状態で肩をまわす。
その感じを覚えておく。

次に少し前傾してみる。
そのまま肩をまわす。


歩く場合

元に戻る。次に
真っ直ぐ立ったら
1歩踏み出してみる。
その感覚を覚えておく。

次に少し前傾した状態から
1歩踏み出してみる。

その違いを感じてみる。


このように姿勢だけでも十分可動域の違いや
動きやすさの違いが分かるはずである。

短距離走を見ればよく分かるが、
速い選手ほど、座っているように見える。
逆に前傾が強くなるとスピードが出ていないことも
見て取れるはずである。

そんなポイントで世界陸上を楽しんでみてはいかがだろうか。
              
                        kab labo.小関

速く動くと急いで動く|2009年8月11日

●速く動くために大事なこと

急いで動くのではなく、 速く動くこと。

速く動くことと、 急いで動くことを 混同しない。

急ぐことは動きの過程を 飛ばしてしまう。

動きの過程を飛ばすとは、 運動の軌道から外れること。

運動の軌道から外れるのは、 バランスを崩すことに他ならない。

バランスを崩せば、
速く動くこと自体が問題となる。

まずは、急ぐ行為が何かと知ること。
そして、取り除いてみる。
すると徐々に運動軌道、運動過程が
整ってくる。

結果的に貴方の運動は自然に速くなっていく。

               kab labo.小関

才能を生かす|2009年8月 3日

●才能を生かす

才能を才能としないことが、
才能を生かすこと。

才能を才能としたとき、
その才能は失われ始める。

才能は生き物である。
生き物を固定化するのは、
死ぬことに値する。

固定化とは制限であり、
可能性を閉ざすことになる。

生かすためには、
方向性を示して
自由を与えること。

自由とは
変化であり、可能性である。

実はそれ自体が
最も重要な才能である。

具体的な才能は
忘れるくらいが丁度良い。

だから才能として生かされる。


              kab labo.

大事なのは|2009年7月17日

●大事なのは

もっとも大事なのは、

今、何を考え、
今、何を感じているかより、

今、何を行なって、
何に触れているか。

感じや考えは過去の産物。
大事にしても構わないが、
過去を見ている間は、

リアルタイムの「今」を
知ることはできない。

        kab labo.小関

勝つバランス、負けるバランス|2009年7月 9日

●勝つバランス、負けるバランス

バランスとは
総合力といってもいい。

一般的に勝ち負けは
筋力的な大小、量や質などを目安にされる。
それ以外は才能やメンタルなど解説されることが多い。
しかし、どうもそれだけで計ることはできないようだ。

もちろん、それらも否定されるものではない。
それも含めた全ての要素を働かせるのが
総合力(バランス)である。

例えば、
片腕で重くて持てないものも、
体全体のバランスで持つと楽に持てたり、
更に重いものが持てるようになる。
しかし、片腕で持てなければ、
その腕を鍛えるという手段もある。
どちらを選ぶかは自分自身の問題ではあるが、
一部の強化は全体のバランスを崩しかねない。

では、その総合力は
どうやって発揮すればいいのだろうか?

それは付け加えたり、増やしたり、鍛えて
生まれるものではない。

バランスは作られるものではなく、
すでにそうなっているものである。
自分自身になにもないという意識が強いと
常に付け足し、強化、鍛錬というキーワードが
頭から離れないだろう。

しかし、総合力(バランス)については、
もともと、私たちは最高のバランスになっている
というところからスタートする。
つまり、強化や鍛錬という加えていく足し算概念から
余分なものを差し引いていく、引き算概念が必要になってくる。

その上で動いてみると、
まったく違った新しい何かが見えてくるはずである。

勝つバランス、負けるバランス。

相手に対して、環境に対して、
こういった勝ち負けの意識をもつことは、
すでにそれらにバランスを崩されていると言っていい。

バランスとは感覚的なものではあるが、
感覚とは相手や環境に対して要求できるものではない。
自分自身に注目したときのみ感じれるものである。

自分自身に注目しているとき、
外に対しての勝ち負けの意識はなくなっている。
そうなっている貴方の身体は最高の能力を発揮する
準備ができているはずだ。

是非一度、「勝つバランス」を体験してみてはいかがだろうか。

                        kab labo.小関

▼「勝つバランス、負けるバランス」関西講習会にて

居つく|2009年7月 4日

●居つきを解消するために

居つく。

武道や武術などで
動きが止まってしまうことを言う。

しかし、同じように他のスポーツにおいても
(静的、動的に関わらず)
居つくのは大きな問題となる。

居つくとは簡単に言えば、
動きが止まってしまうことである。

それはパターンや、ルーティンのようなものである。
また自分の癖と捉えてみるといいだろう。

しかし、単に動きが止まるというだけではない。
何かがそこに留まってしまうことが居つきを作る。

では何が居つくのか。

癖となってしまうと
その原因を見つけるのは困難である。
しかし、最初は意識がその癖を作っている。

やりづらくても意識して繰り返せば、
無意識でそれができるようになる。
それと同じように、居つきも癖になってくる。
(そうなると無意識なので厄介である)

それを解消するには、
まず、その表面から剥がさなくてはならない。
癖を検証して次にその癖を作る元を断つ必要がある。

例えば、サッカーなどで蹴る動作がある。
強く蹴ろうすればするほど、力を入れなくてはならないと人は思う。
しかし、その強く蹴ろうとする意識が、
身体の過緊張を招いている場合が多い。

そしてそれが少しずつ踏ん張る癖となっていく。
果たしてその強化が強いキックを生むだろうか。
どこかでその目的が見失われ、
強く蹴るという自分の満足感になっていたりする。

試しに実験をしてみればいい。
強く蹴る意識を持って蹴るのと、
同じように蹴るが意識は緊張ではなく、
流れをもって蹴るのと、どう違うだろうか。

果たして強く蹴る方が、強く蹴れているのだろうか。
もしかしたら、変わらないかもしれない。
後者の方が強く蹴れているかもしれない。

そして強く蹴っている時、
動きが止まっていないだろうか。
力を入れれば入れるほど、人間は自由度を失う。
つまり動けなくなるのだ。

全身を緊張させて、果たして動けるだろうか。
実験してみてほしい。

そうやって具体的な検証を用いながら
表皮を破り、その意識の根源を発見できれば、
少しずつ居つくことが少なくなるはずだ。

強く蹴るには=力を入れなければ→過緊張。
こういう不安や恐怖、自信のなさが
過剰な強化や繰り返しつまり無意識化が始まる。

しんどい作業かもしれないが、これが一番の近道かもしれない。

                       kab labo.小関

オンリーワンとの対面|2009年6月19日

●オンリーワン

♪〜ナンバーワンにならなくてもいい、君だけ特別なオンリーワン〜♪
by smap

人はもともとオンリーワンである。
自分と同じ人はどこにもいない。
顔も体も性格も人間関係も細胞も全て違う。
そしてそれらは、比べることはできない。

そう分かっていてもなかなか実感できないのは、
人間社会とは比較社会だからだろう。

学業の成績、スポーツの成績、仕事の成績、目立つ人、目立たない人…etc
人の優劣で社会が形成されているところがある。

冒頭の歌詞が心にしみるのは、このためかもしれない。

価値観が障壁になっているうちは、
オンリーワン(自分自身)に出会うことはできない。

手相や占いスピリチュアルなどが受けるのも、
この比較の価値観から生まれてくるのではないだろうか。

この手相はお金がある。この手相はわがままだ。
この手相は生命力がある。。。

しかしよく考えてみると、オンリーワンであれば、
それだけで何も言うことはできないのだ。

例えば生命線が短くてもオンリーワンであるのであれば、
そこに良い悪いの価値はつけられないはずである。

だから、貴方自身の手相である限り、本来、何とも比較は出来ないのだ。
だから、その手のものは見る人の価値観と見られる人の価値観で成り立っている。
※私も嫌いではないので遊び感覚で見ていただくことある(笑)

そう、その価値観ほど、大切で邪魔なものはないのだ。
優劣の価値観、善悪の価値観、社会的な価値観、自然的価値観、
様々価値観があるが、すべて個人的なものである。
その価値観のすれ違いが争いを生む。

大切なのは、価値観を捨てることではなく、価値観を増やすことでもない。
ただ価値観を広げていくことである。

例えば、何か許せないことがあったとする。
それが心の中でも相手がいても争いの火種が生まれたことになる。
しかし、それは個人的な価値観によってもたらされることではないだろうか。

その争いを起こさないためには、
その価値観が変わるしかない。
価値観が変わると、その許せないことが許せることになっていく。

それは、自分が負けたのではなく、
争いをなくし、平和を1つ生んだことにならないだろうか。
価値観を広げるとはそういうことである。

バランス感覚をより良くするためには、自分自身を素直に見ることが前提である。
偏っていないか。
ずれていないか。
固執していないか。
自分自身(自分の価値観)に素直に目を向けなければ
新しいバランス感覚を感じることができない。

よくバランス講習会で「それがいいですよ!」と言うと
「えっ?今のでよかったのですか?」と何をやったか
分からない人がいる。

それは、やはり何か相対的な価値観が強すぎると
バランスの良いことは感じられないことがある。

バランスが良くなっていく過程としては、
部分に頼っていたのが、全体に任せられる感覚、
まさに広がっていく感覚である。
これは、同時に価値観が広がることでもある(広がらなければ体感できない)。

新しい体験をすることは、価値観は邪魔しないが(価値観が形成されていないから)、
価値観という壁が厚いものに関しては、
なかなか、新しい体験が出来なくなる。
本来、新しいことの連続のはずなのだが、、、

まず、形成されしまった価値観に制限されていないか、
新しい価値観を見出すよりも、出来てしまった価値観を広げてみてはいかがだろう。

                                      kab labo.小関

バランスを変える|2009年6月15日

●バランスを変える

良いバランス、悪いバランス。
あなたのバランスはどちら?

答え。

どちらでもない。

「それが貴方のバランスである」

バランスに基本、良い悪いはない。
良い悪いは個人的な基準に過ぎない。
(そうしたい、こうしたい、ああなりたい。という願望)

本質的な良い、悪いはないが、
自分にとって都合の良いバランス。
自分にとって都合の悪いバランス。はある。

しかし、まずは分けずに自分のバランス自体を
認めることから始めてみる。

バランスとは全体的なもので
部分(問題点)だけ修正することは難しい。

修正することで余計無理が掛かる場合もある。

大事なのは全体のバランス。
分かれている関係を自覚し、全体の関係を知る。

全体のバランスが変わると部分が変わる。
思ったところの変化ではないかもしれないが、
間違いない全体の変化である。

部分は全体の一部であり、
全体があっての部分である。
全体がなければ、部分はない。
部分の総和が全体ではない。

良い部分がなくなれば、もしかしたら悪い部分もなくなるかもしれない。
悪い部分がなくなれば、違う悪い部分がでてくるかもしれない。
悪い部分はもしかしたら、悪くないかもしれない。

全体を捉えながら、部分の変化を観察してみればいい。

それがバランスを変えるために大切なこと。