小関アスリートバランス研究所

Kab Labo

バランスの力

心と体のバランスを保つ
(ほぼ)日刊語録


(マガジンID:0000211621) 登録無料 ※内容は変更する場合があります。ご了承下さい。

能力を引き出す集中力|2018年4月 9日

運動能力だけではなく、様々な能力を引き出すには、

カラダに対してどのような集中(集注)であるかが大きなポイントなる。

 

もしかしたら夢中になると言ったほうが、

しっくり来る人もいるかも知れない。

 

小さいころ友達と遊び回った記憶は誰にでもあるだろう。

時間を忘れて気づいたら帰る時間をとっくに過ぎていたり、

かくれんぼで何分も窮屈なところでじっとしていたり、

服や髪の毛が汚れるほど虫取りに夢中になっていたり、、、。

その時「具体的にカラダ」に注目していた人は少ないはずである。

 

すべてその瞬間瞬間の出来事に没頭していることが、

同時に自分のカラダに集中していることであることなのだ。

 

と、その関係性をフッと文字化にしてみたいと思った。

 

そして出来事の関係の中で運動能力は引き出され、深化されていく。

 

例えば、川遊びで不安定な岩の上に立ったとき、

バランスを保つためにどうしたらいいかを試行錯誤する。

岩のどのあたりに立つと良いのか、どんな感じで足を置くのか、

バランスが崩れても別の岩に飛び乗れるかを把握していたり、

もし川に落ちても流されたりしないか、

服が濡れるのをどのくらい最小限で抑えられるかなのど。

 

そしてそういった可能性を携えつつ、

そうならないように不安定な岩に立つことに挑戦する。

思考も含めたカラダ全身で考える。

 

こうやって運動能力が養われ、引き出される。

 

大人になるにつれて、自分に注目すること、実感すること、意識を向けることを教えられるが、

これは偏ったカラダを育ててしまうことがあるということ。

 

確定した条件や環境の中で育まれる身体性ではなく、

不確定な条件や環境に育まれる身体性に

 

集中のヒントが隠されている。

 

僕は田舎育ちだから、こういった例で紹介したが、

みなさんが経験した夢中に照らし合わせて思い出してみ欲しい。

 

                         バランストレーナー小関勲

 

 

http://www.m-bbb.com

#ヒモトレ #ひもトレ#ココロのバランスボード

 

 

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山形Gura オープニングイベントにて

真剣である前に|2013年1月31日

まじめの延長の真剣か、

遊び心、好奇心の延長の真剣か。

 

同じ真剣でも大きな開きがある。

 

どれだけがり勉しても、

勉強を楽しくやっている人に適わない。

 

どれだけ知識を詰め込んでも

それに好奇心を傾けて取り組んでいる人には適わない。

 

根本はどちらであり、

今の真剣がどの延長であるかを

確かめてみると良いだろう。

 

それは説明するまでもないが、

まじめの場合は、正しいかどうか、失敗しないかどうかが優先される。結果、自分の枠を外すことができない。

結果に対する不安、恐怖が生まれやすい。→身体が固まる、余裕がなく動きにくくなる。

 

好奇心の場合は、どうすればできるか、結果を先に置くことなく、今に取り組める。結果、新しい自分の発見に努める。

今、現在の喜び、楽しみが優先される。→身体のリラックスと集中のバランスが良い。余裕があるので対応力がある。

 

今取り組んでいることに対して違和感を感じているいるようであれば、

是非お試しいただきたい。

                                      Kab Labo.小関

意識のタイミング、身体のタイミング|2012年11月23日

私が開発したココロのバランスボード、

もうお試しになったでしょうか。

 

約2年の開発期間を経てできたものですが、

運動概念も大きく変わるものだと感じています。

今ではスポーツ以外でも多くの分野でご愛用してもらっております。

 

このボードやバランス講習会での取り組みは、

良い意味でのタイミングを外していることろです。

 

リアルタイムの動作や運動は、

意識と若干の誤差があります。

 

例えば、頭がかゆいと感じたとき、

すでに手は頭のかゆいところに行き着いています。

つまり、思う前には動作や運動は完了しているのです。

 

よく選手に伝えていることの

大きなポイントとしてタイミングの話をします。

 

意識のタイミングを外すことで

身体のタイミングが合ってくること。

 

逆に意識のタイミングを合わせると、

身体のタイミングがどんどん外れること。

 

さらに外れたタイミングがそのまま自己の

タイミングになってしまうことは、

さらに偏りを作ってしまうことに繋がります。

 

これがパフォーマンスの向上の弊害やケガの原因ともなります。

 

スポーツだけではありませんが、

この良い意味でタイミングを外すことは

是非お勧めしたいと思います。

 

ココロのバランスボードの不思議な変化の一要因は

このタイミングが外れるところにあります。

こちらも是非お試しください。

                   Kab Labo.小関

 

 

ココロのバランスボード→ http://www.m-bbb.com 

鍛える感覚から離れてみる|2012年11月17日

鍛える感覚から離れてみる。

鍛えるというのは結果的にそうなっていることが大切だ。

 

選手たちによく言っていることに

「努力という行為はいいが、努力感覚はいらない」

というのがある。

 

運動において大切なのは

実践に対する集中力である。

 

ここで言う集中力とは

観察力、注意力、注目力といってよいだろう。

 

努力感覚に傾倒してしまうと、

方法やトレーニングへ対するアプローチとなってしまう。

つまりその場一生懸命という、少しずれた視点が

のちのち大きな違いとなっていく。

 

努力していれば報われるというのは

ある意味本当だが、ある意味うそである。

 

実際に大切なのは実践である。

実践でどう動けるのか、実践でどうあるべきなのか、

実践で大切なのは何なのか。

 

だから方法や論法は一つの見方と捉えることがよいだろう。

それらを通して実践をどう見るか。

 

色眼鏡の一つである。

サングラスだったらどう見えるか?青色だったら?黄色だったら?

 

練習やトレーニングで求められることは、

そのものの運動の質を高めることや

コツを掴むこと、そして実践感覚を掴むことである。

 

トレーニングをこなすこと、時間を費やすこと、

我慢すること、筋肉を鍛えることではない。

 

努力感覚がなくなれば、自ずと努力行為も結果的なものとなる。

努力感覚に取って代わって必要な

遊び感覚や興味があることに対して努力感覚は生まれない。

 

動物はトレーニングしない、努力しない、頑張らない、嫌なことはしない。

しかし本能は十分発揮している。

 

こういってしまうと戸惑う選手もいるが、

そこに何があるか観察してみると、実は沢山のヒントや要素があるのだ。

 ※Kab Labo.バランストーレニングの特徴。

 

実践での焦点というのも大切な要素の一つではあるが、

この方法、トレーニングなどに対しての焦点も大切にしたい。

 

努力しないというと聞こえはいいが、

その分、今までにない観察力が必要となる。

 

是非お試しいただきたい。

                        Kab Labo.小関

制限を外すために|2012年8月13日

自分(運動機能)に制限をかけるのは

知識と経験である。

 

しかしそれも一つの私たちの機能でもある。

 

だから、それをどうにかするのでなく、

 

制限を外すために

それを少し手放す勇気と同時に

純粋な遊び心を見つめることである。

 

                  kab labo.小関

積極性が示すもの|2012年8月12日

問題は

消極的なときに現れる。

 

生命とは本来積極的なものである。

(だからやり過ぎることでもない)

 

この積極性をもっているとき、

問題は問題にならず、

逆にそれを超えるためのヒントを授けてくれる。

 

しかし、消極性をもっているとき、

問題は超えられない壁として現れる。

 

同じことを

積極的に行ったとき。

同じことを

消極的に行ったとき。

 

行く方向性も見える景色も

現れる結果も違ってくるだろう。

 

違うやり方に転ずる前に

是非試して頂きたい。

              kab labo.小関

強化すれば弱化を招く|2012年6月17日

身体全体のバランスを大切にしたいのであれば、

とりあえずのバランスをとるために

錘(おもり)で調整しないこと。

 

右に偏ったら、左を。

左に偏ったら、右を調整するようなもの。

そうすれば、また逆を調整して更に逆に…とスパイラル状態に

陥ってしまう。

 

私は右に偏ったら左を使って真ん中に

左に偏っていたら右を使って真ん中に戻るように

アドバイスするように心がけている。

 

時には上や下を使うこともあるし、

同じ症状にまったく違うことも言うこともあるが、

どれもその人の真ん中に戻るためにという前提があるのです。

 

身体でいうと錘(おもり)とは局部的な強弱である。

例えば、肩が弱いから肩を強化しよう。

肩が緊張しやすいから肩を脱力しよう。というようなもの。

 

もちろんそれが悪いという訳ではないが、

身体の一部を強化(弱化)するということは、

弱い(強い)ところをわざわざ作る様なもの。

部分を強く(弱く)するということは、

それ以外は弱く(強く)なるのである。

 

つまりケガの原因をつくりパフォーマンス低下を招く。

 

強弱の調整でバランスをとるのではなく、

本来身体は全体でひとつであるということを把握し、

動きそのもののを変える(動き作り)ことにより結果的に

強弱を薄くしていくことができ、バランスが自然に

整っていくことでしょう。

是非お試しいただきたい。            

                        kab labo.小関

ココロとカラダのバランス|2012年5月31日

みなさん、

心と体の割合はどう考えるでしょう?

50:50でしょうか。

 

心と体というと、

無意識に対等な関係と

捉えてしまいがち。

 

身体の機能をバランスで捉えてみたとき、

全体を100とすると

心は1くらいでちょうど良いような気がする。

 

1:99 でどうでしょう!

 

身体の部位に順番、順位は付けられません。 

心(脳)が1番、胴体が2番…ってことはありませんね。

 

人間はどうしても心に重きをおく傾向があります。

 

心を1。

 

これだけで気持ち楽になりません?

何より身体の全体像が見えて来ないでしょうか。

是非そんな捉え方もお試しください。

                     kab labo.小関

感情と感覚の生まれるところ|2012年5月31日

感情や感覚は後から感じるものである。

 

ただ私たちは経験をすることで

前もって感情や感覚をらしきものを

前に置いてしまうようだ(記憶)。

もtも 

もちろん、記憶することで守られるものもあるので

悪ということではない。

 

運動においてはこの感情と感覚を

しっかりと後に置いておける人が

上達する人のような気がする。

 

大切なのは、

感情が表れるニュートラルな環境、

感覚が現れるニュートラルな環境である。

 

それを言葉にすると純粋、素直とか(良い意味で)疑う、だろうか。

 

純粋な感情や感覚は新鮮なものであるから、

前ではなく、最中や後に現れるものである。

 

感情や感覚のおくところを注意するだけで

見える景色はずいぶん変わることだろう。

是非お試しあれ。

                   kab labo.小関

距離を図る|2012年5月19日

どの競技も自分のバランスを失っては

パフォーマンスを表現することはできない。

 

相手のバランスを崩す前に

自分のバランスが崩れていないだろうか。

 

自己のバランスの持続が

結果的に相手のバランスの崩れに繋がる。

 

言い換えれば

相手との距離感を図るのではなく、

自分との距離感を図る。

 

距離とは例えば、

鉛筆と紙との関係。

文字を書くのに強すぎれば芯が折れ、

ノートは破れ、消すのも大変である。

逆に弱すぎれば字は薄く、消えやすく、見えにくい。

 

このように身体の距離感も丁度よさが存在する。

 

距離が離れすぎても

近すぎても身体のバランスは失われる。

 

ここを見失うと

あてる焦点を失うことになる。

 

凧上げの紐のようなもので

紐がなければ、自分という凧はどこかに行ってしまう。 

 

いつも当てずっぽうの運任せ。

つまり捨て身となってしまう。

 

自分にとって一番近いのは自分であり、

一番近い自分を見失えばすべてのことを

見失うようなもの。

 

競技力が安定して高い人の特徴は

相手との図り方ではなく、自身との図り方に

比重を置いている人である。

                      kab labo.小関